第六十八話 震風、始動せり
ベータでの陸戦は終息に向かっていた
ドニゲッテル少将以下、基地守備隊主力が総攻撃をかけることになった
しかし、問題は沖合いの敵艦隊だ
これに関しては戦艦「カリフォルニア」を旗艦とするプロトン合衆国第一艦隊、空母「キアサージ」を旗艦とするニビリア共和国第一機動艦隊、空母「大鳳」を旗艦とする日本戦車軍団第二艦隊、戦艦「筑紫」を旗艦とする同第三艦隊、戦艦「紀伊」を旗艦とする同第一特務艦隊、そして例のデュミナス艦隊が相手取ることになったのだ
いや、正確には、もう一つ、艦隊がいる
グリシネ国第三巡洋艦隊だ
テキサス級巡洋戦艦「アナポリス」を旗艦とするこの艦隊、司令は厚木准将。今回、Qシュタイン連邦艦隊が戦力を温存することとなり、派遣されてきた艦隊である
松井元帥「・・・まあ、心配はいらんだろうな。旧式艦で編成された艦隊だから、敵もあまり狙ってこないだろう」
米沢大将「陸上部隊は我々とドニゲッテル少将が片付けます。艦隊は頼みましたよ」
大鳳中将「了解、これまでの分、数倍にして返してやりましょう!」
松井元帥「我々は厚木隊やデュミナス第一巡洋艦隊と共に敵左方を撃つ。右方はプロトン第一艦隊、ニビリア第一機動艦隊、デュミナス第二艦隊が相手する」
天城少将「支援に陸上航空隊がやってくるそうですが?」
松井元帥「ああ、香川の第七六一航空隊、あとはプロトン合衆国のオンボロだな」
大鳳中将「・・・オンボロ・・・ですか?」
松井元帥「見たところ、布張りの複葉機ぞろいだ。護衛こそメザシだが・・・」
とにかく、まずは艦隊を殲滅するだけだ。各指揮官は、それぞれの艦隊旗艦へと乗り込んだ

「紀伊」の艦橋には普段の幹部が集まっていた
もっとも、ティーガー元帥はまだライトウォーターにいるのだが・・・
松井元帥「・・・灰田、出航だ」
灰田大佐「両舷微速、前進!」
伊原少佐「両舷微速!」
そして、「紀伊」以下第一特務艦隊各艦が出航した

今度の作戦は、撤退する敵を追撃することだった
米沢から下った指示は、損害を抑えろ、ということだ
ドニゲッテル少将「各部隊、前進し敵を追撃せよ!」
大塚中尉「攻撃初め!」
我が軍の反撃だ。ここに居る全兵士が突撃を開始した
西田大佐「なるべく損害を抑えろ!」
一旦崩れると、早いものだ
艦隊の支援も無く、ただただ部隊は孤立、破壊されていく
ドニゲッテル少将「早いものだな・・・」
輸送船の姿が見える
自走砲がそれめがけて攻撃を行っている
そして、全敵部隊が輸送船に搭乗、撤退を開始した
アコース少佐「攻撃止め!」
ドニゲッテル少将「・・・やったな」
大塚中尉「我々にできるのは、ここまでですな」
ドニゲッテル少将「・・・あとは・・・任せましたぞ・・・」
彼らの目の前では、敵の大艦隊が撤退を開始していた

敵機が飛来したのは、そのときのことであった
「紀伊」の司令室に戦慄が走る
以前の戦闘で空母四を失っているため、航空戦力はわずかだ
しかし、果敢に奮戦している
見張り員A「四十五度方向、敵機接近!」
大嵐少佐「対空戦闘初め!」
遂に対空戦闘が始まった
松井元帥「・・・どこまでやれるか・・・」
別働隊の艦載機は、次々と敵機を叩き落している
そして、艦隊戦が始まっているという
松井元帥「我々も追いつかなければな・・・」
艦隊戦は連合軍優位のようだ
「グローゼウス」が距離38000から砲撃を開始。Qグリーン艦隊に損害を与えているらしい
八隻の戦艦が、Qグリーンの艦艇を次々と沈めていく
そして、ゆっくりとQグリーン艦隊に接近している
距離は20000に近づきつつあった
見張り員B「敵第二派接近!」
今度は空母に飛来した
二隻の隼鷹型空母めがけて、無数の航空機が攻撃を開始する
次々と被弾し、炎を噴き上げている
灰田大佐「何っ!?」
伊原少佐「一隻を集中砲火なんて・・・」
沈没は、必至と見られていた

司令がとっさに叫んだ
厚木准将(車種:五式中戦車)「横田!全速前進だ!」
横田大佐(戦艦「アナポリス」艦長。車種:四式中戦車)「えっ!?」
全速前進、その意味はわかっていた
本艦を犠牲にし、空母を守り抜く、ということであった
厚木准将「空母を守り抜くんだ!」
横田大佐「しかし・・・」
厚木准将「かの松井陸軍元帥の部下だぞ!」
厚木は元海軍士官だが、海軍へ陸戦指導に行っていた松井元帥から激励されていたことがあったのだ
横田大佐「叛乱軍の指揮官に情けは無用、と・・・」
本国軍の上層部は「日戦軍団、いや叛乱軍の戦力に関しては極力無視せよ」などと言っているほど、日戦軍団を嫌っていたのだが、厚木はそれを承知で指示を出したのだ
厚木准将「とにかくやるんだ!」
そのまま押されて、横田は言った
横田大佐「全速前進!」

一隻の戦艦が、隼鷹型空母の上に立ちふさがったのは、そのときのことだった
電探長「・・・司令!これは!?」
その戦艦の表示は・・・
松井元帥「『BB ANNAPOLIS』・・・厚木の奴・・・」
灰田大佐「・・・グリシネの上層部って、確か・・・」
松井元帥「・・・全員がそういうわけではない、ということだ」
「アナポリス」は火を噴いていた
松井元帥「・・・しかし、大丈夫なのか・・・?」
見張り員B「・・・炎上していますが、問題は無いようです」
松井元帥「・・・どうやら、本国の艦艇が空母郡の周囲に集まったようだな」
見れば、日戦軍団やグリシネの艦艇が、ことごとく敵機を叩き落していた
そのとき「紀伊」に無数の航空機が飛来した
灰田大佐「撃ち方初め!」
松井元帥「・・・『大鳳』は大丈夫なのだろうか・・・」
同時刻、「大鳳」にも敵機が多数飛来していたのだ

「大鳳」の銃座では、必至に機銃を撃ちつづける兵士たちの姿があった
機銃射手「畜生、ほとんど当たらねぇ!」
機銃旋回手「仰角八〇度!」
機銃射手「了解!」
そのとき、一機のIl−2Tに銃撃が命中した
機銃射手「やったぞ!」
機銃旋回手「次だ!」
機銃射手「右三十五度!」
機銃旋回手「仰角七十五度!」
銃塔が旋回する
次の敵機を狙うのだ

長砲身10cm高角砲も次々と射撃を行う
射手「喰らえ!」
見事命中、敵機を撃墜する
旋回手「次だ、仰角六十八度!」
射手「右二〇度!」
直後、爆風が砲塔を襲った
射手「何だっ!?」
六番高角砲射手(通信)「六番高角砲被弾!」
息絶え絶えであった。しかし、生存車が居るところからすれば、直撃弾ではないようだ
旋回手「・・・やられたか・・・」
一つ挟んで隣だ。飛行甲板に命中した爆弾のあおりを受けたのだろう
分隊長(通信)「左四〇度!」
旋回手「おっと、左四〇度だな・・・」
砲塔の旋回が完了する
射手「発射!」
見事命中した
直後、衝撃が走った
射手「飛行甲板か!?」
旋回手「またか・・・」
これで何発目だろうか

敵機撃墜の報告が入った
機銃旋回手「次はあいつだ!仰角九〇度!」
機銃射手「九〇度!?直角だぞ!」
機銃旋回手「やるしかない!」
急降下する二機のスホーイ。こいつを狙うのだ
銃身が直角になる。射撃準備完了だ
機銃旋回手「撃てっ!」
二機のスホーイめがけて、銃座からの攻撃が始まった
一機、火を噴く
機銃射手「やったぞ!」
その時、もう一機も火を噴いた
機銃旋回手「よし!次だ!」
しかし、その一機は爆散せず、向かってくる
機銃射手「・・・おい、あれ、見ろよ・・・」
機銃旋回手「・・・まさか・・・」
機銃分隊長が駆け込んできた
分隊長「十二番機銃!敵機が突っ込んでくるぞ!」
機銃射手「特攻ですか!?」
分隊長「知らんが、そうかも知れん!衝撃に備えろ!」
敵機、なおも接近する

艦橋でもそれは察知していた
艦長「取り舵一杯!」
「と〜りか〜じいっぱ〜い」という、どこか間の抜けた復唱が続く
船はゆっくりと左へ曲がっていく
敵機は急降下しながら右舷へと迫る
大鳳中将「・・・ダメだ、間に合わない!」
直後、右舷で大爆発が発生した
整備員(通信)「格納庫に被弾、炎上!」
どうやら、格納庫に直撃したようだ
整備員は必死に通信機を取り、艦橋へと繋げたのだ
直後、飛行甲板から炎が噴き上げた

十二番機銃でも、それは察知していた
機銃射手「・・・直撃か!?」
機銃旋回手「よりによって爆弾を複数積んでやがったのか・・・」
爆弾を複数積んだまま、舷側に突っ込んだ。そうとしか思えない規模だったのだ
その時、先の分隊長が駆け込んできた
分隊長「消火命令が出たぞ!急いで消火に当たれ!」
機銃射手・旋回手「了解!」
一旦、射撃は中止された

機関室からの報告が入った。どうやら機関は無事らしい
「大鳳」に代わって、護衛の駆逐艦などが次々と敵機を撃墜していく
大鳳中将「・・・まずいことになったな・・・」
消火作業は長引きそうだ
先任士官「また、我々はやられ役ですかね?」
艦長「さあな・・・」
一時は「キュワール最強の戦闘集団」とまで呼ばれた彼らだが、いざ宇宙へ飛び出せばほとんど活躍できていない
考えてみれば、初の実戦であったベータ沖での戦闘も、「青葉」以下四隻を残して艦隊は全滅してしまったのだ。パレンバンでは第一特務艦隊が大活躍したが、それっきりである

さて、その第一特務艦隊旗艦「紀伊」は、航空攻撃を受けていた
先ほど、第一主砲塔被弾の報告が入った
艦隊戦の前に、主砲塔が一基使えなくなるとは
電探上には、ようやくグンナ第二艦隊の姿が見えた
あの影の薄い艦隊である
松井元帥「本艦以下第一特務艦隊はグンナ帝国第二艦隊に攻撃を開始する!全速前進!」
第一特務艦隊、現在総数三十四隻(戦艦一、重巡六、軽巡四、駆逐艦二十三)。対するグンナ帝国第二艦隊は六十隻(戦艦十六、空母二、重巡十八、軽巡八、駆逐艦十六)。圧倒的な戦力差だが、第一特務艦隊は日戦軍団では最強クラスの艦隊である。負けるはずはない
さらに、後方からはデュミナス第一巡洋艦隊が接近している。この艦隊と共同で戦えば戦力差も巻き返せる
松井元帥「第二、第三艦隊は厚木と共同で敵航空隊を引き付けている。我々が艦隊に肉薄するんだ」
砲撃戦が始まった
直後、デュミナス第一巡洋艦隊が追いついた
連合軍優位での戦闘である
ことごとく敵艦を撃沈していく連合軍艦隊
もはや「互角以上の戦闘」であった

一方、プロトン合衆国第一艦隊旗艦「カリフォルニア」では、皆が歓喜の声をあげていた
Qグリーン艦隊が撤退したのだ
ライル大将(第一艦隊司令。車種:M26パーシング)「諸君、よくやった。しかし敵はまだ残っている。次はカルオス帝国第二機動艦隊だ。友軍艦隊と共同で、これを撃破する!」
Qグリーン艦隊は空母の損失こそ無かったが、護衛艦艇の損失が大きく、撤退を余儀なくされたのだ
続いて狙うはカルオス帝国第二機動艦隊。以前連合軍主力艦隊と交戦した大艦隊だ
それゆえに、互角の戦闘となった
その時、デュミナス艦から巨大なミサイルが放たれた
ズィーモスだ
松井元帥が「やりすぎだ」と非難したズィーモス一斉射撃である
全長五〇Mの巨体が敵艦に迫る
そして、一発がレイゲル級空母に命中した
大爆発を起こすズィーモス
続いて、もう一発が命中、レイゲル級空母は沈没した
次々と命中弾が確認され、十数隻の艦艇が沈んだ
直後、無数の航空機が飛来した
友軍機だ
旧式爆撃機の大編隊である
これら旧式爆撃機の利点は、低速であるが故に狙いがつけづらいことにある
日戦軍団の三式指揮連絡機、Qシュタイン連邦のFi156のように、速力が遅い機体は高角砲では狙いがつけづらい上、戦闘機で攻撃しようとすると失速してしまうので攻撃が非常に難しいのだ
さらに、旧式爆撃機は布張りである
Qシュタイン連邦の輸送機(爆撃型もある)、Me323ギガントにも採用されたこの布張りは、防弾性が無い代わりにミサイルの誘導が困難なのだ
護衛のP−38が急降下し、爆弾を次々と投下していく
敵艦、ことごとく被弾し、炎上する

一方、グンナ第二艦隊と交戦する日戦軍団第一特務艦隊およびデュミナス第一巡洋艦隊は、グンナ第二艦隊を撃破した
続いて、カルオス第一機動艦隊と交戦した
今まで揚陸総指揮を担当していた艦隊である
そんな大艦隊が相手なので、連合軍は苦戦した
その時、多数の航空機が飛来した。無論、友軍である
第七六一航空隊である
九七式重爆、輸送船に迫る
機長「目標は輸送船だ。敵の陸上部隊を掃討すると思ってやれ」
爆撃手「了解!」
少々気が進まないが、任務は任務だ。松井元帥の直々の指示となってはやむを得ない
爆弾はことごとく命中、輸送船の甲板を火の海にした
大勢のタンクたちが、内火艇へと飛び降りていく
中には、爆炎に包まれる者もいる
次々と、炎上していく輸送船団
友軍機が数機ほど被弾し、墜落したそうだが、敵に与えた損害と比べると微々たるものであった
機長「よし、全弾投下終了。これより帰投する」
後部銃手「敵襲!」
後部銃手が叫んだ。敵の戦闘機だ
直ちに旋回機銃射撃が始まる
敵機、接近する
その時、敵機が銃撃を受け、爆発した
友軍の疾風だ
機長「よし、敵機は疾風に任せ、ここは後退する!」
同時刻、プロトン合衆国旧式爆撃機隊も敵襲を受けたが、P−38戦闘機によりことごとく撃退されたのは言うまでもない

「紀伊」の艦橋で、松井元帥は初めて、この指示を下した
松井元帥「『震風』、発射用意急げ!」
灰田大佐「『震風』発射用意急げ!」
続々と復唱される命令。今までにない、キュワール独自開発のAD兵器「震風」が遂に発射される事となったのだ
今まで開かれることの無かった、艦橋後部の大型VLSが開く
そこから、巨大なミサイルが顔を覗かせる
震風管制員「発射準備完了!」
目標は遠方の戦艦だ。今まで実戦射撃することの無かったこの兵器を発射し、キュワールの技術力を見せ付けるのだ
松井元帥「大嵐、発射時期は任せた」
大嵐少佐「了解!」
射程圏内に、敵戦艦が迫る
そして、射程圏内に突入した
大嵐少佐「テーーーッ!」
物凄い噴煙とともに、「震風」は放たれた
「震風」はまっすぐ敵戦艦へと迫る
電探手「命中まで5、4、3、2、1、今!」
直後、敵戦艦が、突如周囲の艦艇を巻き込み大爆発を起こした
命中だ
しかし、未だ健在である
松井元帥「70cm光学砲、目標前方の敵戦艦、撃ち方初め!」
普段どおりのとどめである
あれは「震風」の威力不足ではない。命中したのが重防御区画だったからであろう
そして、敵戦艦も、70cm砲の命中により、沈没した

空母「ドロス」の艦橋では、唖然とする士官達がいた
ドゴス・ギア級戦艦が、AD兵器と大口径レーザー砲を立て続けに喰らい、沈没したのだ
まさか、日戦軍団もAD兵器を所持していたとは・・・
参謀長「・・・司令、輸送船団の後退、完了しました」
艦隊司令のゲリスク大将は返答した
ゲリスク大将(車種:JS−4)「分かった、直ちに全艦艇を後退させよ」
この命令は、ベータ戦においての帝国軍敗退を意味したのだ
ゲリスク大将「・・・後少しだったんだがな・・・」
参謀長「・・・日戦軍団、侮りがたし、ですな・・・」
ゲリスク大将「いや、彼らだけではない。内惑星連合全体での結束力が、凄まじかったのだ・・・」
帝国軍全艦艇は、ガンドルフおよびトノスへと後退した

しかし、連合軍に悲劇が襲った
通信長「司令!Qタンク王国総司令部より、オルキス沖において友軍艦隊が壊滅したとの報告です!」
灰田大佐「何っ!?」
松井元帥「一体どういうことだ!?」
通信長「当初は1500隻程度であった敵艦艇が突如3倍に跳ね上がり、形勢は一気に不利になったとのことで・・・」
松井元帥「シルグノームか?!」
大嵐少佐「全く、恐ろしい奴らだ」
通信長「さらに、パレンバン沖にラファリエスの艦艇、約600隻程度が出現し、パレンバンに向かっているとのことで・・・」
伊原少佐「パレンバン!?」
松井元帥「奴ら、俺たちのいない隙に、パレンバンを狙いやがったか!」
航空参謀の角田少佐が、艦橋に戻ってきた
角田少佐「・・・司令、聞きました。これはもはや・・・」
松井元帥「・・・キュワールの最後だな・・・」
伊原少佐「・・・キュワールの・・・最後ですか?」
松井元帥「・・・ああ、俺たちは、きっとどこかの戦場で、この船と一緒にお陀仏だな・・・」
これは、帝国軍による、キュワール、いや、内惑星連合壊滅の、序章に過ぎなかった・・・
第六十八話 終わり

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